製品・技術情報

レース用オイルと市販オイルは何が違うのか ― GT3・ル・マンの現場から市販製品へ

レース用オイルと市販オイルは、設計目標そのものが異なります。ベースオイルの分類、PAOとエステルの役割、そしてサーキット走行もする車のオイル選びまで、実戦供給の現場を踏まえて技術的に整理します。

レース用オイルと市販オイルは何が違うのか ― GT3・ル・マンの現場から市販製品へ

レーシングオイルを自分の車にも入れたらどうなるのか。モータースポーツを見ていると、そんな疑問が浮かぶことがあります。

結論から言えば、そのまま入れるべきではありません。 ただし「レース用のほうが高性能だが街乗りにはもったいない」という理由ではありません。設計している目標が、そもそも違うからです。

この記事では、その違いがどこから生まれるのかを、ベースオイルの構成にまで踏み込んで整理します。

レーシングオイルと市販オイルの設計目標は根本的に違う

レーシングオイルが前提としている条件

レースの現場では、オイルは短い周期で交換されます。1レース、あるいは数レースで新油に入れ替わる。それを前提に設計できるため、「長く持つこと」を性能の優先順位から外せます。

その代わりに要求されるのは、限られた時間内でのピーク性能です。

  • 摩擦損失を極限まで削ること(そのまま出力とラップタイムになります)
  • 高い油温域で油膜を保持すること
  • 高いせん断条件に耐えること

一方、市販車では当たり前に必要な性能のうち、レースでは重要度が下がるものもあります。冷間始動性がその代表です。競技車両は走行前にオイルを昇温させてから始動するため、氷点下からの始動を想定する必要が基本的にありません。

市販オイルが背負っているもの

市販車のオイルは、まったく違う条件表を渡されています。

  • 冷間始動から高速走行まで、幅広い温度域に対応すること
  • 数千キロから数万キロにわたって性能を維持すること
  • 三元触媒やDPF、GPFを保護すること(SAPSの制限)
  • シール材との適合性を保つこと
  • 燃費規制に対応すること
  • 短距離走行や長期保管といった、性能上は不利な使い方に耐えること

制約条件の数が圧倒的に多い。 レーシングオイルは、これらの制約の多くから解放されているからこそ、特定の性能に振り切れます。

裏を返せば、市販車の日常使用に必要な性能が担保されていない可能性がある、ということでもあります。

内部リンク:粘度表示とメーカー承認規格の読み方 →

ベースオイルという土台

オイルの性格を決めているのは、実は添加剤よりもベースオイルです。APIはベースオイルを5つのグループに分類しています。

グループ概要
I溶剤精製による鉱物油。現在は用途が限られる
II水素化精製された鉱物油。不純物が少ない
III高度な水素化分解により精製された鉱物油。粘度指数が高い
IVPAO(ポリアルファオレフィン)。化学合成による炭化水素
V上記以外。エステル類など

「全合成油」という表示の注意点

実務上ややこしいのが、「全合成油」という表示の基準が国や地域によって異なることです。

グループIIIをベースとした製品を合成油として表示することが一般的な市場もあります。一方で、グループIV・V相当を指す言葉として使われてきた市場もあります。

日本国内において、この表示には明確な法的定義がありません。つまり**「全合成油」と書いてあるだけでは、中身の構成は分からない**ということです。判断したい場合は、TDS(製品技術資料)でベースオイルの構成が記載されているかを確認するのが確実です。

PAOとエステルが担う役割

PAO(グループIV) は、分子構造が揃った化学合成炭化水素です。粘度指数が高く、低温での流動性に優れ、高温での熱酸化安定性が高い。さらに蒸発しにくいという特性があり、高油温での油量減少やデポジット生成を抑えるうえで効いてきます。

一方でPAOには、ゴムシールを膨潤させる性質が弱いという弱点があります。これを補うのがエステル(グループV) です。エステルは分子が極性を持つため金属表面に吸着しやすく、油膜が薄くなる条件での保護に寄与します。シール適合性の面でもPAOを補完します。

高性能オイルの多くがPAOとエステルを組み合わせているのは、この相互補完の関係によるものです。

粘度安定性という観点

ベースオイルの粘度指数が高ければ、粘度指数向上剤(ポリマー)の添加量を減らせます。

ポリマーはせん断で分子鎖が切れ、永久的な粘度低下を招きます。そもそもの添加量が少ないことは、せん断安定性の面で有利に働きます。

RAVENOLがUSVO®として体系化している技術は、この考え方に立つものです。レースで求められる「過酷な条件下で設計どおりの粘度を保つ」という要求と、市販車で求められる「交換インターバルの終盤まで性能を維持する」という要求は、技術的には同じ問題を解いていることになります。

内部リンク:猛暑を走り切ったエンジンオイルに何が起きているか →

実戦の現場から

RAVENOLは2024年からニュルブルクリンク24時間レースの冠スポンサーを務めています。レースの正式名称は「ADAC RAVENOL 24h Nürburgring」です。

2026年5月の第54回大会では、メルセデスAMG・チーム・ラベノールの80号車 Mercedes-AMG GT3 Evo が総合優勝しました。

また2025年のル・マン24時間レースでは、Iron Lynx(Mercedes-AMG LMGT3)とProton Competition(Ford Mustang LMGT3)に製品を供給しています。

GT3という条件の特殊性

GT3カテゴリーが技術的に興味深いのは、ベースが量産車であり、排出ガス後処理装置も備えている点です。

フォーミュラカーのような専用設計の世界とは異なり、市販車と地続きの条件のなかで極限の性能を出す必要があります。

24時間という競技時間も、潤滑にとっては特異な条件です。短時間のピーク性能だけでは足りず、長時間にわたる安定性が同時に問われます。ある意味で、レースと市販車の両方の要求が重なる場所と言えます。

内部リンク:なぜニュルブルクリンクなのか →

サーキットも走る車は、レーシングオイルを入れるべきか

日常的に公道を走り、ときどきサーキット走行やスポーツ走行もする。この使い方が、実は最も判断が難しい領域です。

まず確認すべきは、車両の承認要件です

メーカー承認が指定されている車両で、承認を持たないオイルに入れ替えることには、保証やメンテナンス記録の面でリスクが伴います。

走行会に年数回参加する程度であれば、承認を満たす高性能オイルの範囲で選ぶのが現実的です。

たとえばRAVENOL HLS 5W-30は、BMW LL-04およびMB 229.51 / 229.52の正式承認を取得しています。加減速の激しいシビアコンディション下でも熱劣化を抑え、安定した油膜を維持する設計です。サーキット走行後も、そのまま日常使用を続けられます。

次に、実際の油温を把握してください

「サーキットを走るから高粘度」と反射的に考える前に、自分の車が実際に何度まで上がっているのかを知ることが先です。油温計がない車では、この判断が推測になってしまいます。

そして、走行後の交換を早めること

サーキット走行は、オイルにとって明確なシビアコンディションです。走行距離は伸びていなくても、受けた負荷は日常走行とは比較になりません。

RAVENOLのレーシングオイル3種

本格的な競技用途で、承認要件の制約を離れて選択できる場合には、レーシングラインが選択肢に入ります。RAVENOLは性格の異なる3製品を用意しています。

REP — Racing Extra Performance SAE 5W-30

PAO100%ベースオイルを採用し、高回転時の油膜破断を抑制します。過酷なサーキット走行下でも鋭敏なレスポンスを維持する競技スペックです。

低粘度側を選びたい、レスポンスを重視したい場合の選択肢になります。

RUP — Racing Ultra Performance SAE 5W-40

GT4レースでの実戦採用実績を持つ製品です。ニュルブルクリンクをはじめとする過酷な耐久環境で鍛え上げられ、高いせん断安定性を備えています。

前章で触れた「せん断による永久粘度低下」に対する答えが、この製品の設計思想です。

RRS — Racing Rally Synto SAE 5W-50

極度の熱負荷による油圧低下を抑制するヘビーデューティ設計です。こちらもPAO100%ベースオイルを採用しています。

連続高負荷走行に耐えることを主眼に置いた、最も粘度の高い選択肢です。

交換周期について

いずれの製品も、交換周期を市販オイルと同じ感覚で考えないことが前提になります。レーシングオイルは短い周期での交換を前提に設計されているためです。

ブレーキフルードも忘れずに

サーキット走行で見落とされやすいのがブレーキフルードです。高温にさらされると気泡が発生し、ペダルを踏んでも制動力が伝わらなくなる可能性があります。

RAVENOL Racing Brake Fluid R 340+ は、最大沸点342℃の競技用高性能ブレーキフルードです。

内部リンク: